COLUMN
シェアする場のデザイン(第1話)
高尾山スミカと豊島八百万ラボ
「シェアする場をつくること」をコンセプトに、社会情勢の変化にあわせた
新しい住まい、オフィス、商業施設などのデザインを手がける成瀬友梨さんと猪熊純さん。
しなやかな空間を生みだす秘訣についてお話をうかがいました。
INTERVIEW
聞き手:牧尾さん(以下:牧尾)
まずは、2018年4月に竣工した高尾山スミカからお話をうかがいます。周辺にある山の地形を活かした段差など、自然とのつながりが印象的な空間です。気候が穏やかな時期には、道沿いの開口部をすべて開け放てるのも魅力的ですね。
成瀬さん(以下:成瀬)
40メートル全部引き戸で、どこでも開けられるようになっています。気候や使い方に合わせて開ける場所、閉じる場所を自由に調整することができます。
猪熊さん(以下:猪熊)
この建築は、もともといくつかの空間に仕切られた、長屋型の形式だったのですが、店同士の行き来が不便なので、間仕切りをとりはらい、ほぼワンルームにしました。一番混雑する時期には、高尾山スミカの前の道が原宿の竹下通りみたいに混んでしまうんですが、開け放つことで中も通ってもらえるので、混雑回避にも、お土産の売上増加にも一役買っています。
一方で、もともといくつかに分割されていたことも、この建築の面白さだなと思い、天井の仕上げは屋根の変化に合わせて切り替え、場所ごとに少しずつ異なる雰囲気を感じられるようにしています。
地形に合わせた段差も、似たような考え方です。
リノベーションの面白さは改修前の状況が改修後にも残ることですが、今回は、ただオープンなだけでなく、分割と開放のハイブリッドのような空間になっています。
牧尾
造作や小物もステキです。大きな行燈が目を引きますね。
猪熊
多摩織の布です。この地域では絹織物がかなり盛んだった時期があり、いまも手がけている方がおられます。施主さんのネットワークでご紹介いただいたんですが、いざお会いしてみたら、世界的な著名ファッションブランドともコラボしている方で驚きました。
模様のほうは、今回の物件にあわせてグラフィックデザイナーさんに柄を制作いただきました。
成瀬
高尾山のいろんな生き物が描かれたグラフィックです。天狗なんかもいますね(笑)。
牧尾
つづいて、豊島八百万ラボについてお聞かせください。「自然と近い」という点では先ほどの高尾山スミカと同じですが、建物のプログラムはかなり違いますね。
瀬戸内国際芸術祭2016に合わせてベネッセアートサイト直島の新しい施設として建設された、アーティスト、スプツニ子!さん構想の恒久展示空間です。コンセプトはアートと科学によって新たな神話を生み出していくこと。ラボやアート展示、古民家のような見た目、神社とのご縁、と要素が盛りだくさんですが、どうやってまとめられたんでしょうか?
猪熊
かなり複雑なプログラムだったんですが、ここではむしろ、「まとめない」ということに意味があると感じました。もちろん、プロジェクトとしては工期内に完成しないといけないといったことはありますが、一見相反することをここでは重ねたい、と。
アートと科学によって新たな神話を生み出すという大きなストーリーは作家であるスプツニ子!さんが敷いたレールです。ここでの科学は、具体的には遺伝子組み換えなのですが、これは生命を人間が作ってしまうという、西洋的な倫理からすると問題視される側面があります。でも神道って石にしめ縄をしてそこに神様をみる、といった包容力もあり、人が勝手に神様を増やしてしまうのです。
スプツニ子!さんは、科学と宗教という、一見矛盾することを両立する考え方を提示しているわけで、僕らも建築でそれをやりたいと。
既存の建物は築60年くらいの古民家で、内部には雰囲気の良い小屋組みがあるんですが、僕らは展示室の邪魔にならないように元々の柱を切ってしまって、鉄骨の骨組みが小屋組みを支えているということをやっています。古いものを残すことだけを正義とせず、鉄骨という新しい要素とのハイブリッドが、もっとも豊かな空間を作れるのでは、という実験です。スプツニ子!さんのストーリーに負けないくらい、無茶なことをしているわけです。
牧尾
地元のひとの反応はいかがですか?
成瀬
すこしドキドキしていたんですが、オープニングにも地元のひとたちがたくさん来てくださって、「綺麗になったね!」と素直に喜んでくださっていました(笑)。
ベネッセさんの活動のおかげで、豊島など地域の方々のアートに対するリテラシーはとても高いんでしょうね。「新しいものができたから私も向かい合って楽しもう」とポジティブに受け入れてくださっています。
PROFILE
建築家成瀬友梨さん
愛知県出身。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院修士課程修了、同大学院博士課程単位取得退学の後、2007年に成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。
PROFILE
建築家猪熊純さん
神奈川県出身。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院修士課程修了の後、千葉学建築計画事務所を経て2007年に成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。
「シェアする場をつくること」をコンセプトに、社会情勢の変化にあわせた新しい住まい、オフィス、商業施設などを手がける。本コラムで紹介している以外にも、キュープラザ二子玉川、天川村南日裏定住促進住宅、坂の上テラス、株式会社デンソー名古屋オフィスなど多くの建築・内装設計やインスタレーションに携わっている。第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館 特別表彰、GOOD DESING AWARD 2015・グッドデザイン賞(りくカフェ本設)、日本建築学会作品選集 新人賞(LT城西)など受賞多数。
(プロフィールは記事掲載時(2018年7月)のものです)
聞き手
牧尾晴喜
株式会社フレーズクレーズ 代表
一級建築士、博士(工学)
メルボルン工科大学大学院修了、メルボルン大学にて客員研究員
大阪市立大学非常勤講師、摂南大学非常勤講師
公益社団法人 日本インテリアデザイナー協会理事